著作権侵害発覚後の登録 イラストレーターが知るべきメリット・デメリット
著作権侵害が見つかった後でも登録は有効?
フリーランスのイラストレーターの皆様にとって、ご自身の作品が誰かに無断で利用されてしまうことは、最も避けたい問題の一つではないでしょうか。時間と労力をかけて生み出した作品が、意図しない形で広まってしまうのを見つけるのは非常につらいことです。
日本において、著作権は作品を創作した瞬間に自然に発生します。「著作権登録」をしなくても、著作権法によって保護されます。これを「無方式主義(むほうしきしゅぎ)」と呼びます。しかし、もし実際に無断利用、つまり著作権侵害が起きてしまった場合、相手に利用をやめさせたり、損害の賠償を求めたりするためには、ご自身にその作品の著作権があることや、いつ作品を創作したのかなどを証明する必要が出てくることがあります。
では、もし作品の無断利用を発見した後で、「そういえば著作権登録という制度があったな」と思い出し、登録を検討した場合、それは有効なのでしょうか。侵害が起きる前の登録と比べて、どのような違いがあるのでしょうか。この記事では、著作権侵害が見つかった後に登録を行うことのメリットとデメリットについて、フリーランスのイラストレーターの方の視点から分かりやすく解説します。
日本の著作権制度「無方式主義」とは
改めて、日本の著作権制度の基本的な考え方をご説明します。先ほども触れましたが、日本の著作権法では「無方式主義」が採用されています。これは、作品を創作した時点で自動的に著作権が発生し、文化庁などへの登録や著作権マークの表示といった「方式」は何ら必要としない、という考え方です。
つまり、フリーランスのイラストレーターの方が一枚のイラストを描き上げた瞬間から、そのイラストには著作権が発生し、法的な保護の対象となります。これは、著作権登録制度がある国や、特許・商標のように権利取得のために登録が必要な他の知的財産権とは大きく異なる点です。
では、なぜ著作権登録という制度が存在するのでしょうか。それは、権利が発生したこと自体を証明するためではなく、発生した権利について、よりスムーズな立証や、権利の移転などを第三者に主張するための特別な効力を与えるためです。
侵害発覚後に著作権登録をするメリット
では、実際に作品の著作権侵害が見つかったという状況で、そこから著作権登録をすることにどのようなメリットがあるのでしょうか。主に、その後の権利行使(利用停止を求める「差止請求」や、損害の補填を求める「損害賠償請求」など)に関連する部分で役立つ可能性があります。
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立証の負担軽減につながる可能性がある 著作権侵害を訴える場合、ご自身が著作権者であることや、相手の行為が著作権侵害に当たることを証明する必要があります。特に、いつ作品を創作したのか(「創作年月日」)は、著作権侵害の有無を判断する上で重要な証拠となることがあります。侵害発覚後に著作権登録をしたとしても、登録した日付がその後の裁判などで「いつ創作されたか」を公に証明するものとして扱われることがあります(特に「プログラムの著作物に係る著作権登録に関する政令」に基づく登録など、一定の要件を満たす場合)。 イラストの場合、登録によって創作年月日が「推定」される効力を持つことが一般的ですが、登録されているという事実自体が、ご自身が権利者であることの強力な根拠の一つとなり、立証の負担を軽減する材料となり得ます。登録証明書という公的な書類があることは、相手方との交渉や、弁護士に相談する際にもスムーズな対応を助けることがあります。
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権利主張の準備となる 著作権登録を行うと、「著作権登録原簿」という公的な記録に作品の情報や権利者情報が登録されます。この登録原簿は一般に公開されており、誰でも内容を確認することができます。これは、ご自身の権利を公式に表明する手段となります。侵害発覚後に登録することで、相手方や第三者に対して、ご自身が正当な著作権者であることをより明確に示す準備となります。
侵害発覚後に著作権登録をするデメリット・限界
一方で、侵害発覚後に著作権登録を行うことには、限界や注意すべき点もあります。
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権利発生時期の証明への影響に限界がある 前述の通り、著作権は創作時に発生します。侵害発覚後の登録は、登録された時点より前に発生していた権利を公示するものです。登録によって創作年月日が「推定」される効果はありますが、これはあくまで「推定」であり、厳密な証明のためには、創作の経緯を示す資料(ラフスケッチ、制作データ、発表の記録など)が別途必要になる場合があります。特に、侵害行為が行われた時点よりも後に登録した場合、侵害時点での権利保有を証明する際に、登録だけでは不十分となる可能性もあります。
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侵害行為そのものを止める直接的な効果はない 著作権登録は、あくまで権利の存在や内容を公的に記録するための制度です。登録をしたからといって、無断利用が自動的に止まるわけではありません。相手方に無断利用をやめるよう求めるためには、警告書を送ったり、「差止請求」や「損害賠償請求」といった法的な手続きを別途行う必要があります。登録は、これらの手続きを進める上での「証拠」や「準備」にはなり得ますが、登録自体が即効性のある「侵害対策」になるわけではない点に注意が必要です。
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登録にかかる費用と時間が発生する 著作権登録には、文化庁への手数料や、登録申請を代行してもらう場合は専門家(弁理士や行政書士など)への報酬といった費用がかかります。また、申請から登録が完了するまでには一定の期間が必要です。無断利用への対応で精神的にも時間的にも負担が大きい中で、さらに登録手続きの負担が加わることになります。費用対効果を慎重に検討する必要があります。
著作権登録の費用と手続き(侵害発覚後でも同じ)
侵害発覚後に登録を検討する場合でも、著作権登録にかかる基本的な費用や手続きは、通常の場合と変わりません。
費用
著作権登録には、文化庁に支払う手数料が必要です。 * 著作権登録申請(創作年月日): 1件につき12,000円 * 著作権登録申請(第一発行年月日): 1件につき3,000円
この他に、作品の内容に応じた手数料(写しを提出する際など)や、申請書類を作成するための実費がかかります。ご自身で手続きを行うのが難しい場合、弁理士や行政書士などの専門家に代行を依頼することも可能ですが、その場合は別途専門家への報酬(数万円程度が一般的ですが、依頼内容や専門家によって異なります)が発生します。
手続き
著作権登録は、文化庁に対して行います。 主な流れは以下の通りです。
- 申請書類の作成: 所定の申請書を作成します。作品の種類に応じた書類や、作品の複製物(写し)の提出が必要となります。イラストの場合、イラストが掲載された冊子やデータなどを提出することが多いです。
- 手数料の納付: 文化庁に手数料を支払います(収入印紙などで納付します)。
- 申請書類の提出: 文化庁の著作権課に申請書類一式を提出します(郵送または持参)。
- 審査: 文化庁で申請内容の審査が行われます。不備がなければ登録簿に記載されます。
- 登録証明書の交付: 登録が完了すると、登録証明書が交付されます。
侵害発覚後で急いでいる場合でも、文化庁での審査期間は通常1〜2ヶ月程度かかるため、すぐに登録が完了するわけではない点に留意が必要です。
まとめ:侵害発覚後の登録、検討する価値はあるか?
著作権侵害が発覚した後での著作権登録は、万能な解決策ではありません。登録自体が侵害行為を直接止めるわけではなく、特に創作時期の証明という点では、侵害前に登録しておく方が強力な効果を得られる場合があります。
しかし、侵害が起きてしまった後でも、著作権登録を検討する価値はあります。登録によって、その後の差止請求や損害賠償請求といった法的な手続きを進める上で、ご自身の権利を公的に証明する一助となり、立証の負担を軽減できる可能性があるからです。登録証明書があることは、相手方との交渉において、より説得力を持つ材料となることも期待できます。
もし現在、ご自身の作品の無断利用にお悩みで、まだ著作権登録を行っていない場合は、登録のメリット・デメリット、そしてかかる費用や時間を踏まえ、登録を進めるべきか、あるいは他の侵害対策(相手への直接交渉、警告書の送付、弁護士への相談など)に注力すべきかを検討することをお勧めします。必要であれば、著作権にくわしい専門家(弁護士、弁理士、行政書士など)に相談し、状況に応じた最善の対応策についてアドバイスを求めることも有効です。